森の精霊に会えるかも知れない──。
アツキの谷で眠った夜、森の中で小さな期待が膨らんだ。
2003年。岩国1団、4団、5団に所属するボーイスカウトの一行が、夏の野営大会を催した。
場所は宇佐川へ流れる沢を遡った谷間の森。アツキ村と呼ばれる閑静な集落だ。近くに小五郎山の頂を見渡し、谷の底から渓流のせせらぎを聴くことができる。鳥が鳴いて、虫が飛び交い、野生の動物が佇まいを見せる、それは素晴らしい所だ。
夏の野営では幾度も訪れているこの地で、「来年こそ」と話していたツリーハウスが遂に完成した。
キャンプサイトの端にある自然の立木に、地上4メートルほどの高さの簡素な家を造る。床を築くには、まず木と木の間へ足がかりになる木材を渡す。根田を組み上げ、高床を拵える。そして手摺りを付ければ、まさにトム・ソーヤーが暮らしていたツリーハウスのできあがり。
真夏の日中でも、空中の空間は意外と過ごしやすい。ヤブ蚊も少なく、なにしろキャンプサイトが一望できる見晴らしが良い。
しかし、夜ともなれば山は寒い。おそらく気温も摂氏20度を下回っているのではないだろうか。かかる予想から夜は、軟弱にもクルマの中で眠ってやろう企んでいたところ、先輩の一言。
「おい、おまえ、自分で造ったツリーハウスで寝るんじゃろ」
「あ、はい。いえ、でも寒いですけえ・・・」
しどろもどろな返事をしながら、意外と気分が良いかも知れないな、と思い直し、その夜は木に上がって過ごしたのだった。
鬱蒼と茂る森の樹と、空へ向かって奔放にのびた梢の隙間から、蒼白い月光が射し込む。
ときおり吹く風に揺られる葉は、薄暗い影絵のようにゆらゆらと動き、虫の声がざわめく闇で、鳥の夜鳴きが森に響き渡った。
森の精霊なんて空想の中にあるはずなのだけれど、もしかしたらこの闇のどこかにいて、ボクのことを見ているかも知れない。そんな思いに駆られ、闇の向こうに目を凝らせていた。
アツキ谷の一夜。
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